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体験記1

私、Kは高校卒業後すぐに地元の運送会社に就職をしました。

中学時代は柔道、高校時代は空手をやっていましたので、体力にはとても自信があったのと、車がとても好きだということもあり、運送会社に就職したのです。


仕事を始めてから最初の1年は体に何の不調もなかったのですが、丁度、勤務を始めて1年を過ぎたあたりから腰の違和感を感じるようになっていきました。今、考えると中学、高校時代は部活を毎日やって体を動かしていたため、身長180センチに対して、体重は73キロでした。

しかも、筋トレが好きな方でしたので、筋肉もかなりついていました。しかし、仕事を始めて1年、体重は88キロまで増加し、運動も全くしていなかったため、筋力も落ち、徐々に腰に負担をかけ始めていたのではないかと思います。

たったの1年で体重がここまで増えてしまったのは、運動を止めたことに加え、運送会社の不規則な勤務時間にありました。

世間一般的に運送会社の仕事はとてもハードで、重い物を持つからそこまで太ることはないのではないかと想像してしまうと思いますが、実は運送会社の仕事はかなり太ります。

その理由は、不規則な勤務時間です。朝はだいたい7時頃から出勤して、荷物を積み始めます。そして、会社を8時頃までには出発し、朝積み込んだ荷物をお客様のところに運んでいきます。

自分が勤めていた会社はヤマト運輸さんと同じような集配業務でしたので、だいたい1日に会社や個人宅を含め、30件ほど周ります。その後、午後からは集荷という業務に入っていきます。主に企業から荷物を受け取っていく仕事です。

そして、だいたい会社に戻ってくるのが20時前後。そこから今日1日預かった荷物を各路線便に振り分けて荷物を降ろしていかなくてはならないので、結局仕事が終わるのが21時過ぎになります。

そこから、夕食を食べますので、夕食を口にするのはだいたい22時頃になります。しかも、お腹が空いていますので、当時はご飯大盛り2杯におかずをがっつり食べていました。

そして、次の日も朝が早いですからほとんど間隔を空けずに寝てしまいます。そして、週末となれば毎週先輩たちと焼肉やしゃぶしゃぶの食べ放題などに通っていました。

なので、私だけではなく運送会社の運ちゃん達がお腹が出ているのはこのような理由なのです。このような生活を1年程繰り返していた結果、年間で体重が約15キロ程増加してしまい、それに伴い、筋力も低下。今、思うとまさに最悪のスパイラルですね。

そして、その日は突然にやってきます。いつも通りお客様のところへ集荷に向かい、荷物を積み終わり、荷台から降りた瞬間、膝から腰が砕けるように倒れてしまいました。

「えっ・・・・何が起きた?」

一瞬自分でも全く分からずとりあえず、起きあがろうとしたところ、今度は腰に激痛が走り、全く動けない・・・・というか、その場から一歩も動くことが出来なくなってしまったのです。まさに「ギックリ腰」というやつです。

しかもその日は雨、集荷が終わってしまったため、取引先のお客さんも建物内に入ってしまったため、自分のことは誰も気づいてくれません。

しかも、道路とは逆のところに倒れ込んでしまったため、トラックが邪魔をして自分のことを通りすがりの方も誰も気づいてくれません。

「うわ~~、どうしよう」、この時の光景は今でもはっきりと覚えています。(笑)でも、なんとか自分のことを誰かに知らせないと、と思いなんとか動こうとしますが、自分の意志とは逆に体が全く言うことを効かない状態。

激痛に耐えながら立ち上がろうとするにも掴まるものも何もないため、自力では不可能。どうすることもできませんでした。

自分としては、ギックリ腰をやってから15分位の間隔しか経っていなかったのですが、ようやく集荷先の社員の方に見つけてもらったときは、1時間30分以上の時間が経っていました。

もう、全身はパンツまでびちょ濡れ状態・・・。事情を説明したら、救急車を呼んでくれました。駆けつけてくれた救急隊員もギックリ腰だとは思わず、何か別の脳神経的な病気だと疑った程です。

それはそうですよね、秋雨ということもあり長時間放置されていた私は下半身の感覚も寒さで鈍っていたので。救急隊員には病院に搬送すると言われたのですが、頑なに拒否。会社に連絡をしてもらい、上司がくるのを待ちました。だって、病院嫌いなんですもん。

上司が着くなり、「何してんの?」と一言。私が雨の中道路で寝そべっている状態を見て、最初はこいつふざけているのか?と思ったそうです。

しかし、時間が経つにつれて私の状態を把握した上司は、すぐに別の人間を手配し、残りのお客さんの荷物を集荷するように連絡を入れてくれました。

私は当時会社の寮に住んでいたのですが、一人ではどうすることもできないと判断してくれた上司は、片道3時間もかけて実家である埼玉の秩父まで送り届けてくれました。

私の実家は県道から少し奥に入りくんだところにあるのですが、県道から実家に歩いていくことができない。というか、車から降りることができないくらいでした。

母親もびちょ濡れの作業着姿で帰ってきた息子をみて唖然、何があったか説明をしてようやく状況を理解してくれました。そして、上司と母親の二人で担ぎ込まれてようやく実家の玄関に到着。

しかし、玄関からリビングまで行くことができない。母親も最初は息子がふざけていると思ったらしいのですが、何時間経っても玄関から移動できない私を見て、ただことではないと思ってくれたみたいです。ギックリ腰はなった人にしかあの辛さは分からないですからね。

ここから、私の12年間にも及ぶ腰痛との戦いが始まります。ここまで私が腰痛を発症した経緯をお話してきました。

次ページから本格的な体験談のお話しをしていきたいと思います。ここで一旦、一休みして頂いてOKの方は次ページに進んでもらえればと思います。


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